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日常のことをつらつらと。眠くなりそうななんでもないことをつらつらと。
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 昼休みの職場にて。
 NHKのニュースは言いました。

 「尼崎でのJR脱線事故から、今日で1年になります」

 それを見ていて最初に頭の中をよぎった言葉は。

 「え、もう一年も経ってたん?」

 事故そのものの記憶よりも、時間経過がものすごく早くなったという印象を真っ先に受けました。

 未だ記憶に新しい、大きな犠牲を払ったあの脱線事故。
 大学時代、そして前の会社での通勤時、事故現場に非常に近い線を利用していたことがありました。
 特に通勤時はアナウンスのほうも聞いていて、影響を知らないわけではありませんでした。

 けれども僕は当時の混乱に巻き込まれてはおらず、ニュース画面越しでしか事故の様子を知りません。合宿研修で関東のほうにいたとき、同期入社の人間の中で僕が唯一の兵庫県出身だったからということで、軽く話が振られたくらいです。
 だからどうしても実感が薄くなってしまうのが、正直なところです。



 前も、こんな感覚というのはありました。
 もう11年も前になるという、阪神・淡路大震災のとき。

 その地震が起きたとき、僕は神戸にはいませんでした。
 同じ兵庫県内ではありましたが、学校の野外学習ということで雪の深い北のほうにいました。
 揺れ自体はありましたが、北のほうではそう大したものではなく。
 しかし神戸のほうは大変なことになっているというので、野外学習は中止となり、緊急帰校しました。

 けれど帰ってきてみれば、僕らの町はほとんど被害も無く、元の姿を保っていて。
 その後の数日間の休校は、ただの冬休みという感覚でしかありませんでした。
 ちょっと電車で下のほうに降りれば、その先はひどいことになっているなどとは、テレビの映像上のこととしか思わずに。



 そのことを今になって考えるたび。
 震災のことを思い出すたび。
 今回の脱線事故のことを思ってみて。

 地元での災害に対して実感がひどく薄い自分が、何だか呪わしく思えてきたりします。

 都合が良すぎて。
 実感が無くて。
 自分の思いが、存在が、薄っぺらいものだとしか思えなくて。

 それでも僕が何かを考えることに、意味はあるでしょうか。
 こうして不幸を知らずぼんやりとしていることは、許されるのでしょうか。



 せめて、僕ができることと言えば。
 震災の被害者、脱線事故の被害者の方々が、今後少しでも救われますようにと祈ること。
 そしてその祈りが、虚ろなものでないと信じること。

 ニュースの画面でしか知らない出来事だとしても、地元の人間として、悼むこと。



 そして、誰しもが願うべきことがひとつ。

 こんな悲劇が、これから起こることのないように。
 たとえ都合が良すぎるとしても、僕の周りで起こらないでいてほしい。
 悲しいだけの出来事は、いらない。



 ――明るい未来を、この手にください。
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プロフィール
HN:竹田こうと(Sai)
年齢:35
性別:男性
誕生日:1982/12/08
自己紹介:
 メインジャンルは現代小説。他、面白そうなものにはわりとなんでも手を出してみる人。そのため特定の好みというのはあるようで上手く説明できない人。
 その日暮らしでも楽しくまったり生きることを夢見る人。
 詳しいプロフィールはコチラ
 最近はmixiをよく巡り回ってます。
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